1.概要
1987年に初めて行われたYAMAHA OSAKACUPメルボルン/大阪ダブルハンドヨットレースは、1991年·1995年と4年ごとに今回で3回目をむかえた。このレースはダブルハンド、つまり二人乗りで乗員を集める苦労はない代わりに、お互いの技量とチームワークが問われるレースでもある。また、今までの国際外洋ヨットレースが、地球をぐるりと横に走るものが多いのに対して南半球から北半球に縦に走るというコースのユニークさに加えて、軽くてスピードの出るレーサーグループと、重量の大きいクルーザーグループにクラス分けしている点も珍しい試みといえる。
クルーザーグループを設けた目的は、南太平洋あたりでクルージングを楽しむ艇でも(レースを目的としていないので丈夫だが重くなりがち)レースに参加できるようにと考えたのだが、結果として、大型で莫大な費用を必要とするアメリカズ カップや世界一周レースなどとは違ったヨットレースもあるということを印象づけ、このレースの個性になったのではないだろうか。
次にスタートの時期だが、オーストラリアでは3月頃まで東方海域にサイクロン発生の可能性が残っている。一方赤道の北側、南洋諸島付近では5月に入ると台風が発生し始めるので、できるだけ早〈赤道を通過させたい。そこでこの間隙をねらってメルボルンを3月下旬にスタートと決めた。その結果大阪へは、一番艇は4月20日過ぎに、大多数は4月末からの連休前後に到着するようになった。
このレースはハンディキャップなしのスクラッチレース、すなわち先に到着した艇の勝ちというヨットレースになじみのない人にも分かりやすいレースである。しかし艇の長さに大小の差があると大きな艇が有利なので、レーサーグループ、クルーザーグループともに全長82メートルごとに3クラスに分け、艇の長さによる不公平をできるだけ少なくした。また、これだけの距離を二人だけで航海するには大き過ぎる艇は扱いにくく、小さ過ぎる艇は積載量に無理が生じるので、このレースでは艇の大きさを全長10メートルから16メートルに限定している。
艇および艤装に対しては制限をあまり設けないで少人数で航海するための工夫を取り入れられるようにしているが、長距離の外洋レースであるため安全規則としては最も厳しいORC特別規則のカテゴリー0を適用し、艇には200海里以上、乗員には500海里以上の無寄港航海経験を参加条件としている。また主催者がアルゴス端末機を参加艇に搭載して常時各艇の位置を把握し、そのデータを関係機関に連絡するほか、衛星系イーパーブの搭載を義務付けて非常事態が発生した場合には確実に捕捉できるようにしている。
姉妹港として親密な関係にあるメルボルン港をスタートし大阪港にフィニッシュするコースではメルボルン港のあるポートフィリップ湾の出口が問題になる。この海峡は狭くて潮流が速く危険なため、昼間にしかも順流にのって通過しなければならない。そこでこのレースではコースをメルボルン港から湾の出口近くまでの第1レグ、そこから大阪港までの第2レグの二つに分け、第1レグのフィニッシュ後一晩仮泊し第2レグのスタートは順流の初期に湾口を通過できるように時刻を調整している。この二つのレグは距離に差があり過ぎるため所要時間を合算せず、現地で第1レグだけの表彰式を行い、大阪では第2レグの順位によって表彰式を行っている。
参加艇はやむを得ないと認められた場合を除いてメルボルン港から大阪港までの全コースを完走しなければならないが、艇の大小や性能あるいはコースの取り方によって所要時間に相当な差が出てくる可能性がある。しかし、いつまでもレースが終わらないようではレース運営上不都合が生じるので、各クラスごとに最初にフィニッシュした艇からレーサーグループは3週間、クルーザーグループは4週間のタイムリミットを設けた。このタイムリミット内に完走した艇には、参加のための回航、あるいは帰航に要する費用の一部に当てるよう補助金が支給される。またこのような長距離のレースでは、大阪到着後規則違反のため失格にされては気の毒であるとの考えから、重大な規則違反以外は失格にせず、0~10%のタイムペナルティーで処理することにした。
2.アルゴスと衛星系イーパーブ
レース中、参加艇には無線による定時交信を義務付けて、動静を把握することになっているが、無線連絡は混信などのために必ずしも確保できるとはかぎらない。そこで各艇の位置の把握および非常事態の通報のために、アルゴス端末機ならびに衛星系イーパーブを取り付けている。
アルゴスは本来気象や海流の自動観測用に開発されたシステムだが、位置が測定できる機能をもっているため渡り鳥などの調査に使用されている。端末機から上空を通過する衛星に向けて信号を送り、その信号を受信した衛星は記録しておいて、基地局の上に来たときに地上に下ろす。この信号を解析してその時刻での緯度経度を算出できる。
現在アルゴスで求められた位置は、衛星の飛来間隔やデータ処理などによって1 ~5時間後に入手できる。この機能を利用してヨット用のアルゴスが開発され、事故発生時には端末機のピンを引き抜くと信号が変わって異常を知らせる機能も備えられ、ダブルハンドヨットレース以外のいくつかのレースにも利用されるようになった。
イーパーブは救助を求めるための遭難信号発信機で、従来は航空機あるいは陸上局がイーパーブからの電波を受信して救助機関に連絡していたが発信機の位置によってはうまく受信できない場合があるため、近年実用化された衛星系イーパープのシステム(衛星が受信し自動的に発信機の位置を計算して最寄りの救助機関に通報する) を前回のレースでは郵政省の特別の許可を受けて運営側から貸与した。今回のレースでは日本の電波法上の問題がなくなったので参加艇に義務付けたが、国によって登録番号、登録手続き、価格等の違いがあり、世界共通のシステムになることが待たれる。
3.参加状況
第1回、第2回と比較すると今回は参加申し込みの出足が悪く、関係者を心配させた。これは世界の経済状況と、昨年行われた環太平洋ヨットレースが影響していると思われるが1994年10月末の申し込み締め切り時には総数が52艇になった。この中で参加の意思表示はしたが正式に申し込みをしなかったのが4艇、スタートまでに参加を取り消したのが18艇、安全上の問題であきらめざるを得なかったのが2艇で最終的には28艇が参加した(レイトスタート2艇含む)。参加取り止めの理由はいろいろあるだろうが日本艇は阪神大震災の影響を少なからず受けているだろうし、世界的経済環境の中で、この苛酷なレースに28艇が挑戦するということは、決して少ない数字ではないだろう。
4.安全検査
メルボルンに到着した参加艇は、まずサンドリンガム·ヨットクラブで、安全規則で要求している設備備品が完備しているか検査を受け、その後メルボルン港のビクトリアドックに回航してアルゴス端末機の取り付けや食料等の積み込みを行う。検査は現地の安全検査員と日本からの派遣員とで事前に検査基準を打ち合わせ、厳密に粘り強く実施された。この結果2艇が検査を合格せず参加を取り止めたが、設備細部の仕様の判断基準·備品の検査期限·医療品の内容基準と麻薬の扱いなど国によって差があり問題点となっていた。また集合期限までに現地入りしない艇や、回航中の損傷を修理する艇もあり、安全検査はなかなか完了しなかった。参加者の意識レベル向上と、各基準の国別差異の改善が今後の課題といえよう。
5.第1レグ
第1レグのスタートは、3月25日午前10時、大阪市の練習帆船《あこがれ》の号砲により行われ、26艇がスタートした。マスト等の整備不良のため参加しなかった2艇のうち《NRN波切大王》は、インターナショナルジュリーに救済措置を申し入れタイムペナルティーを免れたが《フリクション》は、規則どおり第2レグに8時間を加算するタイムペナルティーとなった。
メルボルン港ステーションピア沖のスタートラインはあいにくの曇一時雨。レース艇は約200隻の観覧艇に見送られ、南西3~4メートルの風を受けてポートフィリップ湾の東岸沿いにライ沖のフィニッシュラインへ向かった。第1レグの表彰式は当日夜8時頃よりブレアゴリー·ヨットスコードロンにて行われ、下記の艇が表彰を受けた。
レーサーグループ
クラスA
1位《ワイルド·シング》
2位《ベンガルⅡ》
3位《エリオット·マリン》
クラスB
1位《ファースト·フォワード》
2位《コマンドール·ベーリング》
3位《ラッキーレディ岐阜》
クラスC
1位《カルメン》
2位《スピリット·オブ·ジーロング》
3位《ライカ》
クルーザーグループ
クラスA
1位《ヨーコ》
クラスB
1位《ファイン· トレランス》
クラスC
1位《第一花丸》
6.第2レグ
第2レグは3月26日午後3時、昨日と同じく〈あこがれ〉の号砲でスタートし、快晴の空の下5~6メートルの南風を受けて順流の湾口を次々に大阪へ向けて出発して行った。オーストラリアとタスマニア島とにはさまれたバス海峡は、よく荒れるので有名だが、幸い各艇とも無事通過し、予想どおりレーサーグルプのクラスAの大型艇集団を先頭にタスマン海に入った。そんな中で、優勝候補の一つと言われていた、《NRN波切大王》がレイトスタートになったことは残念である。
7.回航中の事故とレース中の事故
日本艇の多くは、スタート前に5500マイルもの回航をしなければならない。これはフィニッシュ後のんびりクルーソングしながら帰るオーストラリアやニュージーランドの艇とかなり異なる。冬から春にかけての時期、荒れる日本近海を走り、集合期限までにメルボルンに到着しなければならないのだから、艇も損傷を受ける可能性が高く、精神的、肉体的にもレース同様大きな試練となる。今回の,,を取り上げると、《ラッキーレディ岐阜》は日本を昨年暮れに出発し余裕のある回航だったが、艇の損傷が予想以上で、シドニーでの修理に手間取り、集合期限ぎりぎりにメルボルンへ到着した。
《ライカ》は艇長が阪神大震災の被害を受け約1カ月遅れの2月に日本を出発。艇の損傷と集合期限の問題で、ブリスベーンから陸送でメルボルンに入り、スタート直前に修理を終えた。《NRN波切大王》は損傷がひどく、当初1週間遅れのスタートになるだろうと言われていたが努力の結果1日半遅れのスタートとなった。《南流斗Ⅱ》は陸送中に損傷し、参加を断念。《プリンダベラは修理が間に合わず、不参加。今回のレース中は幸い大きい事故はなかった。
3月30日に《フォンタナ》がイーデン入港後艇の損傷を理由に棄権を表明。
4月2日《BTグローバルチャレンジ》からエンジントラブルのためサウスポートに入港すると連絡が入るが、自力で修理後4日にレース復帰。
4月7日《アウトレジアスⅢ》が艇の破損を理由に棄権を表明。10日グラッドストーンに入港。
上記以外の艇にも多少の問題はあったと思われるが、いずれも応急処置によりレースを続行し、れるが、健康上の問題もなく、26艇が無事に大阪にフィニッシュした。
8.レース結果
レースの結果は別図参照。今回特に目立つのはレーサーグループクラスAのスピードだ。1位から5位までをクラスAが占め上位3艇までは前回のトップ艇の所要日数を短縮している (3位の《NRN波切大王》はレイトスタート分を引いた所要日数で比較している)また、この3艇は平均7.8~8ノットのスピードを出しており、赤道無風帯と呼ばれる風向不安定な海域を通過することを考えると、10ノット以上のスピードを出すことも多々あったに違いないと思われる。上位5艇の平均航走距離は5192海里と前回よりも58海里短縮し、平均所要日数は296日と前回のトップの記録に迫っている。気象条件の影響が大きいとはいえ、このような記録が出たのは、過去2回の経験に基づくコース取りの良さと、乗員の技術·艇の性能の向上によるものであることを示している。
スタートから大阪湾近くまで、ずっとトップで走り続けた《エリオット·マリン》。それをつねに10~80海里の差で追い続け、ときには2~3海里まで迫り、遂に大阪湾で逆転した《ワイルド·シング》1日半遅れてスタートし、トップ集団とは300海里以上の差だったにもかかわらず、猛烈な追い上げで4月11日には3位に躍り出た《NRN波切大王》 。常時トップ集団を維持し、4位につけた《ベンガルⅡ》と5位の《ビヨンド·ザ·フリンジ》が上位5艇である。
前回と比べると奮わなかったのが、クラスBとクラスCである。クラスB 1位の《ファースト·フォワード》 、クラスC1位の《プリシラ》は、共にトップ艇から約10日遅れで到着し、レーサーグループ全体では、所要日数の平均が前回よりもオーバーしている。ちなみにクラスBとクラスCの平均航走距離は約5350海里で、クルーザーグループ上位5艇の平均航走距離とほぼ同じである。長距離外洋レースでは、航走距離の短い艇が必ずしも先に到着するとは限らない。しかし、先に述べたように、時間短縮という結果を生み出す原因のひとつには、コース取リの良さ=航走距離短縮があるのではないだろうか。
今回はクルーザーグループにも大きさによるクラスを設けたが、残念ながら参加は全部で6艇であった。1位の《ヨーコ》の平均速力、所要日数は前回と変わらなかったが、全体の平均所要日数は12%ほど短縮している。クルーザーグループを何日か先にスタートさせて、大阪到着がレーサーグループとほぼ同時期になるようにしてはどうか、との意見もあったが、今回の結果を見る限りその必要はないと思われる。次回は、このレースの個性でもあるクルーザーグループが多く参加され、よりすばらしいレースを展開されることを望んでやまない。
最後にレース参加者と参加を断念したヨットマン達、それを支えたサポートの方々、運営側のスタッフの努力を譖えると共に、このレースが、伝統ある国際外洋ヨットレースとして継続されることをお祈りしたい。
1995 レース | 1991 レース | 1987 レース | |
---|---|---|---|
エントリー数 | 52 | 65 | 90 |
出走数 | 28 | 42 | 64 |
レーサークラス | (22) | (29) | (37) |
クルーザークラス | (6) | (13) | (27) |
リタイア数 | 2 | 3 | 17 |
レーサークラス | (2) | (3) | (11) |
クルーザークラス | (0) | (0) | (6) |
完走数 | 26 | 39 | 46 |
完走率 | 0.90 | 0.93 | 0.72 |
所要時間 | |||
レーサークラス | 26日 20.8時間 | 28日 6.5時間 | 31日 19時間 |
クルーザークラス | 36日 15.7時間 | 36日 17時間 | 38日 2時間 |
1着艇アベレージスピード | |||
レーサークラス | 8 ノット | 7.5 ノット | 7.2 ノット |
クルーザークラス | 6 ノット | 5.9 ノット | 6 ノット |
平均所要時間 | |||
レーサークラス | 37.6 日 | 36.9 日 | 41.1 日 |
クルーザークラス | 43.4 日 | 49.3 日 | 47.3 日 |
上位5艇平均航行距離 | 5192 海里 | 5250 海里 | 5410 海里 |